船旅

へっぽこ櫻井くんヲタの野望

"真面目とはね、真剣勝負の意味だよ"

 相変わらず読み終わるのが惜しいシリーズである。

 

新章 神様のカルテ

新章 神様のカルテ

 


今回もブレずに一止節が炸裂されていて、読んでいて楽しいことこの上ない。楽しいのに、沁みる。刺さるというよりは、沁みる。普段の生活でささくれ立った心の棘を抜いてくれる。そんな穏やかさと優しさを孕んでいるのが神様のカルテシリーズである。

 

※以下、ネタバレを含みます。

 

 

 

 

 

 

 

「モニターで見るとなかなか賑やかですよ。普段は白い画面に黒い数字が並んでいるだけの退屈なデータですが、今日は赤い数値と青い数値が入り乱れて、とてもカラフルです」 

 

「世の中面白くないことばかりですから、夜の救急外来くらい愉快にやりたいと思っています」

 

「いくら相手がバカでも、面と向かって言って良い言葉ではない」


相変わらずの一止節である。彼はいたって真面目なのがまた面白い。現に、まったく愉快な状況ではないのだから。

 

「こういうクラシカルな車が好きなのかね?」

「車に格別の興味はありません。医局の先輩から安く譲ってもらった代物です」

「なるほど、乗り心地は良くないね」

「乗り心地を求める車ではないそうです」

「なるほど」

どこまでも上滑りする会話である。

 

気まずい状況なのにこんなにも愉快なのはずるいだろう。

ほかにも、弥勒様に利休、御家老に大黒様とネーミングセンスも変わらず切れ味抜群だ。

 
私は砂山、栗原、進藤の同期組が大大大好きなので、次郎との共闘のようなものが見れてよかった。タツがいないのが寂しいけど、彼は本庄病院の中で居場所を見つけている一文があったので、それはそれで嬉しいことだった。

 

「珍しく意見が一致したな。またいつでも誘うがいい」

 
どんなに行き詰まっていても、こういう関係性のふたりが好きだ。内科と外科、将来は大狸先生と河馬親父先生のような関係性になるのだろう。とは言っても、次郎はもっと一止に対して素直だから、また少し違う関係性だと思うけれど。

 
白い巨塔で揉まれる一止。あっちでチクチク言われ、こっちでもチクチク言われ。相変わらず生きづらそうな姿である。自分のことを真面目と評しているが、周りからの評判は変人の栗原。真面目なのは間違いないが、真面目も極めれば変人ということ。ちなみに、今作でも"引きの栗原"は健在である。白い巨塔の中でも不本意なあだ名を轟かせている。
私は、一止のブレなさが好きだ。生真面目に思い悩み、片端から壁にぶち当たり、悲しむのが下手。不器用な人だと思う。でも、ちゃんと自分の信念がある。それは絶対に曲げない。いつだって人間の話をする。それはどこに行っても、どれだけもまれても、変わることはない。

 

  "真面目とはね、真剣勝負の意味だよ"

 
夏目漱石先生の言葉だという。一止にぴったりだ。一止はいつだって真剣勝負だ。

 

「本当に先生は、一生懸命なんですね」

 

そう、一止は一生懸命なのだ。患者である二木さんをしてこう言わしめるのだから、相当である。

一生懸命に真剣勝負をする一止に惹かれ、背中を押し、共に生きる人々がたくさんいる。本庄病院の人々、御嶽荘の人々、ハル、そして今回は大学病院の人々。(いやほんと、モテますね、先生。かっこいいもんね。)


青いところもあれば、冷静なところもあり、なにより真剣勝負を挑んでくるこの32歳の医者から老若男女皆目が離せないのである。読者含め。

 
そういえば、一止、また人に飲み物をかけていた。今回は味がついていないだけ良いかな。こういう豪快なところも私は好きだ。サイボーグのように一貫性があるのではなく、時に間違い、回り道をする人間臭さがまたいい。

 
闘うべき相手も、守るべきものも、増えた新章。でも一止の周りに結ばれた縁は、新たな縁を結んでいく。本庄病院で結ばれた縁である乾先生と外村先生が今回大いに一止を助けてくれた。それは一重に一止が医療に真剣に向き合ってきた結果なのだろう。


中盤、思い悩む一止に、九兵衛のマスターがかけた言葉がある。

 「自分にとって新しい事柄、学んだ経験のない事柄に挑んでいるから戸惑うんです。環境が変わっても何も困ることがないのなら、最初から変わる意味もありません。戸惑ってこそ、成長があるんですよ」

「行って良かったと思う日が来ますよ、必ず」

 

こういった言葉が、素直に沁み込んでくるのが神様のカルテシリーズの醍醐味だと思う。

努力は必ず報われるとかそういうことを描くのではなく、要は、どれだけ一生懸命取り組むかなのではないかと思う。真面目とは真剣勝負のこと。真剣勝負を重ねてきた一止を、皆放っておいたりしない。縁を結び、一止の日々は続いていく。努力は報われるとは限らない。でも熱意は伝わる。熱意だけで命が救われるわけではないが、心は救える。そういう物語だと思う。

 
また春から一段と大変な日々を過ごしていくのだろう。なんといっても班長なのだから。一止の真剣勝負をまだまだ見ていたい。神様のカルテの世界は、背中を向けるには温かすぎるのである。いつまでも浸っていたい。本を開くたび、ページを捲るたび、私は救われ続けている。

 

そしてこれは余談ではあるが、真剣勝負を挑み続ける栗原一止の姿が、どうしても彼に重なってしまう。彼の真面目さもまた真剣勝負そのものだ。

実写の続編もお待ちしております。何卒。